Kleine Blätter

Blätterはドイツ語で、Blatt(英語でleaf、つまり葉っぱ) の複数形ですが、言葉や、言葉を集めたものという意味にも使われます。

演奏会に関することや、作品についてなど、他愛もないことを折に触れて綴っています。

 

《初夏のトリオ・コンサート》

浜松市で来たる6月24日(日)ヴァイオリンの森下幸路さん、チェロの横坂源さんと

トリオ・リサイタルをご一緒させて頂きます。

A公演では、愛の挨拶、ロンドンデリーなどの親しみやすい曲をトリオで、そしてB公演は、ベートーヴェン:カカドゥ変奏曲、メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番を
メインにしたトリオ、そしてシューマン:幻想小曲集を、ピアノとチェロのデュオで
お届けします。
お陰さまで、A券とAB通し券は完売、B券があと10席程、だそうです。
ご予定くださっている方は、主催の夢・汎ホール、又はMUSICACLARA 宛、どうぞお早目にお問合せください。( 夢・汎ホール 053-458-0016 )  

 

《春のコンサートのお知らせ》       01,Maerz,2018

昨夜の嵐とともに、浜松ではまた一歩、春が近寄ってきたようです。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
春のコンサートのお知らせです。
出会いと別れ、再会、光、大気、芽吹き。柔らかな風、生き生きと活気に満ちていく春、これから始まる新しい季節へのほんの少しの不安。
いろんな思いを込めて、プログラムを組みました。40分のコンサートです。週末のひと時、どうぞお立ち寄りください。
今日、お誕生日を迎えたショパンの作品も演奏致します。ショパンは魚座だったんですね・・。
【田村明子グランドピアノコンサート】
3月17日(土)14時開演 (13時30分開場)
 ヤマハミュージックリテイリング浜松 8F かじまちホール
Programm:
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第26番 作品81a 「告別」
リスト:巡礼の年 第2年 「イタリア」よりペトラルカのソネット第104番
グリーグ:抒情小曲集 第3集 作品43   6. 春に寄す
ショパン:バラード第3番 作品47                  
                      

《田中希代子先生を偲んで・・》                 06,Feb.2018

2月5日は桐朋学園大学の恩師、亡き田中希代子先生の86回目のお誕生日でした。
希代子先生は、ちょうど私の生まれた年、36歳の時に膠原病の中でも重症だとされるエリテマトーデスに発症され、ピアニストとして絶頂期の中、その天命を果たされることを断念され、国立音大や私の母校である桐朋学園大学での指導に、後半の人生を捧げられました。
ショパン国際ピアノコンクールに日本人として初めて入賞され、パリを始めとして欧州各地で活躍されたその演奏は、当時の録音テープを基に復刻されたCDからも窺えるように、幽玄という言葉が最もしっくりくるスケールの大きな神秘的な世界で、今でも知る人ぞ知る、60年経った今も人々の記憶に残る音楽なのだと、私のドイツ留学中にも耳にしました。

そんな希代子先生でしたが、レッスンに伺うと、階段から敷かれたレールを伝って車椅子に乗り換えられるなり、今ね、紳助を見ていたの、私大好き!と仰ったり、お元気な頃にスキーがお得意でアルプス山脈に行かれた思い出を話されながら、でもあんまり高くて怖くてオモラシしちゃうかと思ったわ、などと話されるお顔は、まるで童女のようにチャーミングで、こんな田中希代子は私達門下生しか知らないに違いない、と20歳の女の子には急に距離の縮まった嬉しさで、ウキウキしてその日のレッスンを終えたことを、昨日のことのように思い出しています。
私がこれまでに教えを受けた恩師には、教える立場となった私が今になって、そのお一人お一人の、人としての大きさを実感するのですが、中でも希代子先生のアドバイスは見通しが大変永く、後々私が演奏していく中で、ああ、先生はこのことを仰っていたのだ、と初めてその意味を理解することの多かった方でした。

今は、How to ものばかり売れる、と嘆いておられた書籍会社社長の言葉がとても印象的な現代ですが、かつて私が教えを請うた恩師の、すぐには理解できなくても胸の奥底にズシーンといつまでも残るような、あたたかくてスケールの大きなメッセージを、若い方達に私も少しでも伝えていけたら、、、と思います。

 

《謹賀新年》

あけましておめでとうございます。

皆さまのこの一年も何よりも健康で、幸せな日々でありますようお祈りいたします。

皆様のあたたかいエールに支えられて続けてこられた自主リサイタル開催、昨年は

二十周年記念として11月5日と12月9日におこないました。浜松公演、銀座公演へ

お運び頂きました皆さま、本当に有難うございました。

歳を重ねれば重ねるほど、知れば知るほど、弾けば弾くほど、作曲家と楽曲への畏敬は

深まるばかりです。また新しい気持ちで弛まず歩みを続けていけたら、と思っています。

 

世界情勢の不穏な昨今ですが、新しい年も子供達が夢を追い続けられる穏やかな一年で

ありますように・・・。本年もどうぞ宜しくお願い致します。

《Der Weg...道 Vol.2 東京公演 》                              06.Dez.2017

3日間のレコーディングを挟んだこのプログラムとも、あと4日となりました。
ここに来て、師走を通り越す寒さになりましたが、、冬将軍よ、待って〜!、、銀座にお運び下さる皆さま、ありがとうございます。9日はどうぞ温かくして、お出かけ下さい。
当日券もございます。会場にてお待ち致しております。

                    お問い合わせ: オフィスアルシュ 03-3565-6771 

《Brahms: 8 Klavierstücke  Op.76》                            30.Okt,2017

モーツァルトのピアノ・ソナタKV570が完成したのが、フランス革命でバスティーユが襲撃された1789年。その2年後に、ルイ16世一家がマリー・アントワネットの故郷オーストリアへの逃亡中、国境手前のヴァレンヌという街で見つかってパリに連れ戻される、という悲劇がありましたが、ブラームスの生まれた頃なら鉄道網で逃げ果せたかもしれないと考えると、ヨーロッパが僅か40年の間に大きく様変わりしていたことに驚きます。ブラームスも実はとても旅の多かった人で、ウィーンに移り住んでからも、夏の保養地としてオーストリア内のミュルツツーシュラーク、バート・イシュルなどを経て、鉄道の発達によりスイス・トゥーン湖のほとりにまで足を伸ばすようになります。この作品76が書かれた1878年には、イタリア旅行の後、南オーストリアのヴェルター湖畔の美しい街ペルチャッハ(今のスロヴェニア国境近く)に滞在、その風光明媚な土地柄はブラームスの田園交響曲とも言われる交響曲第2番、ヴァイオリン協奏曲など素晴らしい作品にも表れています。

8つのピアノ小品 Op.76は、第1曲のみ1871年のクララ・シューマンの誕生日プレゼントとして贈られ、その他の7曲を1878年にペルチャッハで完成、2年後にはベルリンやウィーンの楽友協会等でハンス・フォン・ビューローによって頻繁に演奏されたようです。(門馬直美著:ブラームスより)
  私自身がこの作品に初めて出会ったのはドイツ留学中。イーヴォ・ポゴレリチによるブラームス作品のCDで、第一曲のみ収録されていたのが作品76でした。彼の持ち味の遅いテンポでの何ともドラマティックで幽玄な世界にハマって譜読みを始めたものの、インテルメッツォの捉え方に行き詰まり敢え無くギブアップ。20代にはまだまだ理解の難しい作品でした。4曲ずつ編まれたカプリッチオとインテルメッツォの組み合わせには、シューマンの作品に見られるフロレスタンとオイゼビウスの性格的小品を想わせもしますが、ブラームス自身が「作品の演奏はその作品のために元来書かれている楽譜の上だけで想像されるべきである」と述べているように、その折々に感じたものをそのまま表す、という正に、言うは易し行うは難しの世界です。そのままというのは本当にそのまま、なのであって、ブラームスの思い、楽譜の意図にそのまま寄り添うためには、演奏者自身が心身ともに解き放たれて生まれる響きの渦に、そのまま身を委ねるしかありません。浜松と東京で、さてどのように自由になれるでしょうか。ソナタや変奏曲を経て、音をより内面的に丁寧に紡ぐようになったブラームスの後を追って、私なりに旅をしてみたいと思っています。

《Mozart: Piano Sonate KV570》                                  21.Okt,2017

Der Weg…道 Vol.2 浜松公演まであと2週間となりました。前回同様、演奏曲目について、つらつらつら、、と。

Piano Sonate KV570が書かれた頃のモーツァルトは、財政的に極めて逼迫した状況でした。さらに妻コンスタンツェの湯治場での足の治療費も嵩み、モーツァルトはウィーンの商人ミヒャエル・プフベルグに借金を請うのですが、その手紙はモーツァルトの威信が崩れるようで、読んでいて苦しくなるほどです。
これに先立ち、プラハでフィガロの結婚やドン・ジョバンニが大当たりだったにも関わらず、ウィーンでは今ひとつで、演奏会や作曲の依頼も激減していたという事実は、飽きっぽいウィーンの街に生きる音楽家ならではの厳しい現実を示しています。それでもコンスタンツェには生活の苦労を知らせないようにしていたというところに、モーツァルトのダンディズムも感じられます。そしてこの頃立て続けに書かれたのが、最後の3つの交響曲。
そんな状況で書かれたこのピアノ・ソナタには、しかし一抹の寂しさを感じるのです。第一楽章でも第二楽章でも、小さな幸せを一つ一つ大切にするようなモティーフは、あまり大きな結末を迎えません。そして行進曲風の第三楽章に、あの巨大なオスマン・トルコの襲撃を二度までも乗り切ったウィーンの街に対するモーツァルトの執着と憧憬が隠されているように思えるのは、私の考え過ぎでしょうか。

《ユロフスキ&ロンドンフィルwith 辻井伸行》  14.Okt,2017

ユロフスキ&ロンドンフィル@アクトシティ浜松大ホール。ピアノソリストに、辻井伸行さんを迎える。

Brahms:悲劇的序曲で幕を開けた。中低音が比較的優しく、とてもスマートなBrahmsに感じられたのは、オケの配置の為なのかと思いながら、Rachmaninoff:ピアノ協奏曲第二番へ。ピアノの両端を触って鍵盤の位置を確認した後、ほとんど間を置かずに弾き始めた辻井さん、今回初めて聴かせ頂く。
コンチェルトをどのように弾くのか、聴くのかをこんなにも考えさせられたのは、舘野泉さん@札幌キタラ以来だった。視覚に頼れない分、全ての音に漏れなく聴神経を注ぎ、一音一音を掬い上げるような辻井さんのピアノの音は、クリアで限りなく優しく、波のさざめきのようにオケに寄り添う。その集中した耳から気をそらされないようにと、音の出し方に神経を配るオケも、まるでスコアを見ているように各パートがはっきりと浮かび上がっていた。もう5、6年前になるだろうか、仕事で訪れた札幌で、脳卒中から復帰された舘野さんの、Ravel: 左手のためのコンチェルトの誠実で澄んだ音の記憶が蘇ってきた。コンチェルトならではのスケールの大きな音楽も魅力だけど、ピアニッシモをコンチェルトで極めるというのも、人の心は満たされるのだと再度実感した。
後半は、Tschaikovsky:悲愴。指揮者から見て左手から扇形状に、1st Vl., Vc.&Kontrabass, Viola, 2nd Vl.という配置のためか、弦楽器の厚みのある響きの層は控えめに、管楽器、特に木管の多彩な音色が印象的だった。この配置から、もしかしてユロフスキ氏はかなりピアノを弾く人なのかと思いながら。
ブラームスで感じたある種の物足りなさは消えて、氷の国ロシアの大地をバックに控えたチャイコフスキーの透明感のある音楽には合っているように思った。比較的冷静に音を組み上げていくユロフスキの解釈。アクトシティ大ホールのとてつもなく高い天井の空間に、じわじわと綿密に計画されつつオケの響きが満たされていくのを、理系の感覚で捉えることができた。これまた、スコアを見ているかのように、各パートが多彩に浮かび上がった演奏。どちらかというと硬質で削ぎ落とされた音の合間に、染み入るような温かい音が出るたび、ラフマニノフでもチャイコフスキーでも涙を拭う人があちこちで見られたのも印象的だった。
今回の演奏会は思いがけず、前日に行けなくなった方からの恩恵に預かって、当日を楽しみにしていたというその方の分も耳を凝らして聴いたのだけど、ここのところピアノの音にどっぷり浸かっていたので、とてもフレッシュな感覚で脳が満たされたことに、大感謝!帰宅後の練習にも新たな発見があり、これまた大感謝!

《Der Weg...道 Vol.2》                                                30.Sep.2017

昨年より始まった自主リサイタルシリーズDer Weg...道は、そもそも2014年、秋のドイツの旅から着想したものですが、Vol.2として、浜松で11月5日、東京で12月9日に開催します。

 

    おお、どうか帰り道を教えておくれ、子供の国に帰る懐かしい道を

  幸福を求めたとて虚しい、周りはすべて荒れ果てた砂浜なのだから

             クラウス・グロート(1829-1899)

 

ブラームスはドイツの詩人クラウス・グロートによる詩Heimweh (郷愁)に、歌曲Op.63-8を書いています。故郷とは、思えば祖国そのものであり、父母でもあり、想い続けた女性でもあり・・ショパンもモーツァルトもブラームスも、故郷への強い執着と思慕を持ち続けながら叶わず、その心の葛藤が彼らを新天地への道へ駆り立てたとも言えますが、だからこそ形成された人間像と、名声の裏に隠されたその複雑な心情は、特に後期の作品の中に吐露されているような気がします。深まりゆく秋の気配を感じながら、静かに、一音一音に込められた真意を探ってみたいと思います。

 

Der Weg...道 の由来は、昨年のリサイタル Der Weg...道 のクラシックインタビューで、語っています。ご覧下さい。  

https://www.youtube.com/watch?v=sOH8sacbFds

 

 

《室内楽週間を終えて・・》                           27,Aug,2017

今年も、浜松アクトシティ音楽工房ホールでのコンサート、月見の里室内楽アカデミーと、約3週間の室内楽週間を終えました。今年は21組のジュニアコースを中心に朝9時半から19時過ぎまでレッスン、講師コンサートの日はお昼休み返上、ホールの音響を確認するリハも出来ないまま本番10分前にレッスンを終える、というソロではちょっと考えられないハプニングもありましたが、主催者の皆さまや市民ボランティアの皆さまに支えられて、4回目を迎えたアカデミーも実りの多いものとなりました。毎年思うことですが、このアカデミーではたとえ子供達のレッスンにおいても共演者の講師の皆さんが真剣に演奏されるという点が、本当に有難く、この経験は必ず子供達の心に深く刻まれて、豊かな音楽を育んでいってくれることとと思います。ソロで既に音楽的な表現が出来ている子供は、アンサンブルでの反応も早く、和声の感覚にも優れていました。

今年はマスターコースに、ショパンの協奏曲の室内楽版を組み込みました。厳格な意味での室内楽の分野ではないかもしれないけれど、ショパン自身がこの編成での演奏もおこない、室内楽としての楽譜も出版されていた事実もあった為、初めて試みてみたのですが、フル編成のオケでは得られない弦楽器の美しい色彩感との調和や、Tempo rubatoに込められたショパンの深い意図を汲み取ることができて、レッスンしながら譜面の記述の意味に改めて気付かされることが多々ありました。室内楽を通してアンサンブルとしての音楽を学ぶと共に、ソロにも生かしていける多彩な音楽の可能性と、作品への立体的なアプローチを学んで欲しいと願うのは、ピアニスティックで欲張りな考え方でしょうか。共演者の音楽家達、お世話になりました皆様に深い感謝の気持ちでいっぱいです。

《浜松&Hannover 交流コンサート》     03,Aug.2017

この夏、Unescoによる浜松市とドイツ・Hannover市との交流事業で、ハノーファー北ドイツ放送交響楽団(NDR)のメンバーが来日されます。

8月10日(木)は、YAMAHA浜松・かじまちホールでヴァイオリンとチェロとピアノによる交流コンサート、メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲の第一楽章のほか、愛の挨拶あり、ユモレスクあり、タンゴあり?!なんだか楽しいコンサートになりそうです。
メンバーへの質問コーナーを挟んで約一時間の音楽会です。終演後はお茶をいただきながら、いらして下さった皆さまとの交流の場も用意されていて、私たちもとても楽しみにしています。
お近くの方は(そしてヴァイオリンを弾かれる方も・・詳しくは以下のYAMAHA浜松店のリンクをクリックしてご覧ください)是非お越しください。お待ちしています。  

 

《室内楽夏の祭典2017》                    05.Juli,2017

月見の里室内楽アカデミー、今年で4年目を迎えます。ジュニアコースは、定員15名の枠を大幅に超える倍近い申し込みがあったそうで、今からスタミナつけて子供たちとのセッションに臨もうと、楽しみにしているところです。

それに先駆けて、今年も昨年度受講生との合同コンサートを8月19日、20日の2日間、浜松市アクトシティ音楽工房ホールでおこないます。昨年から《月見の里》でヴァイオリンの講師にお迎えしているロータスカルテットの小林幸子さんをお迎えしての3回公演で、私は、メンデルスゾーンのピアノトリオ第1番より第1楽章を、ジュニアコースの大塚多聞くんのVc.で、Cプロ(20日 13時半開演)で小林さんとご一緒させて頂きます。Aプロ(19日 13時半開演)では、浜松フルート界の有望若手のお二人、篠田文さんと鈴木健二郎さんとのトリオで、クーラウ: トリオ op.117 、そしてBプロ(19日 18時半開演)では、ゲッツ・ハルトマン氏と、私の大好きなブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 Op.100 を演奏します。
夏真っ盛りの週末午後、是非室内楽を愉しみにいらっしゃいませんか?皆さまのご来場をお待ちしています。

《月見の里室内楽アカデミー2017》                     06.April.2017

今年も8月21日から27日までの一週間、静岡県袋井市で《月見の里室内楽アカデミー》が開催されます。今年で4回目となったアカデミーですが、毎年これを目標に一年間勉強し受講される方、初めてのアンサンブルを楽しみに受けに来られる方、、、5日間で繰り広げられる人間模様&音楽模様は、実に様々です。サクソフォンの須川展也さん(実は浜松のご出身)のクラスでは個人レッスンの後にアンサンブルレッスン、ミュンヘン音大教授で霧島音楽祭や国内外のアーティストとの共演でご活躍中の占部由美子さんのクラスでは、デュオにおけるピアノパートを学びに来られたり、弦楽奏者が占部さんとの共演を楽しみに受けに来られたりと、ちょっと他の音楽祭にはないレッスンが繰り広げられています。

他にない、といえば、ピアノやヴァイオリンを学ぶ方が一人でトリオやカルテットで受講された場合、他のパートを講師が演奏し、レッスンを通じて共に音楽を創っていく、というのも、ここ月見の里の大きな特徴です。今年もフルートの酒井秀明さん、ドイツからはロータス・カルテットの小林幸子さんをお招きしています。先日亡くなった指揮のスクロバチェフスキ氏と共にザールブリュッケン放送交響楽団に在籍されたゲッツ・ハルトマンご夫妻(氏の貴重な思い出話を昨年も聞かせて下さいました)チェロの櫻井健さん。
皆さんとても愉しく、あたたかいお人柄の先生方ばかりです。
 さらにもう一つ!ジュニアの為のコースがあることにおいても、実は日本ではまだまだ数少ない貴重なアカデミーなのです。これまで室内楽を経験したことがある子供もない子供も、担当講師が一緒に演奏し、室内楽ってこんなに面白いよ!一緒にやってみようよ!という趣旨で、毎年3回のレッスンを通して、弦楽器の、正に琴線に触れる音を間近に聴き、そのボウイングからふくよかなフレージングを学んだり、フルートとの共演では、楽譜に書かれていないけど管楽器に必要不可欠な「息継ぎ」から、音楽の「間」を感じ取ったり・・・修了コンサートでは、短期間でこんなにも変わるものなのかと大人たちがビックリするほど、アクティブで表情豊かな音楽を奏でてくれる子供の柔らかい感性には、いつも脱帽させられます。
欧米に比べると、日本の子供たち(特にピアノを学ぶ子供たち)の室内楽の経験不足は深刻です。これまでにも浜松国際ピアノアカデミーや笠間国際アカデミーなどで海外から来られた講師の先生方にも、これまでに何度も言及されたと聞いています。室内楽の面白さに目覚め、ピアノに向き合うだけでは得られない立体的な音楽創りを、身を持って体感してほしい。講師もスタッフも一丸となって、今年もこのプロジェクトに取り組んでいます。
 募集要項などのお問い合わせ:袋井市月見の里学遊館 0538-49-3400 または http://www.tsukiminosato.com/event/月見の里室内楽アカデミー2017%E3%80%80受講生募集/ 

 

《5月27日 リサイタル in 千葉・勝田台》   April.03,2017

この春、久しぶりに千葉で演奏の機会を頂きました。
桐朋学園大学で長い間教えてこられた中野洋子先生が、ご自身のドイツ留学の頃のHauskonzertの思い出をもとに10年以上かけて育んでこられたシリーズです。これまで何度かお声をかけて頂き、今回140回目のコンサートとして、リサイタルをさせて頂きます。
演奏者の息遣いが直接感じられるサロンでのコンサートで、身近にクラシック、というタイトルのもと、毎回演奏者がその時に一番気持ちを込めたい選曲で編まれていて、ロシアものだったり、フランスものだったり・・私は昨年のDer Weg の延長で、ブラームスを間にはさみ、リサイタルとしては久しぶりのモーツァルトとショパンの作品を演奏致します。なお、このシリーズはチケットはなく、当日直接お越し頂き、お気に召しましたらカンパを、という形態です。(教会が多いからか欧米では比較的珍しくない形です。)
Der Weg 第2弾は、今年の秋、浜松では11月5日(日)福祉交流センター、東京で12月9日(土)ヤマハホールで、開催予定です。どうぞご期待ください!

《帰国から20年!》                                  Feb.20,2017

早いもので、今年はドイツから帰国して20年の年にあたります。

ドイツで愛用していたYAMAHAのピアノC3は現地で次のオーナーさんに託し、1997年の7月に帰国。でもその年の秋、ショパンの命日である10月17日に、ドイツショパン協会主催のリサイタルがダルムシュタットで予定されていたので、日本でもリサイタルを、ということになり、東京文化会館小ホールでの帰国デビューリサイタルが急遽決定!開催まで4ヶ月を切っていましたが、神原音楽事務所にマネージメントしていただき、てんやわんやの大騒ぎで11月5日に何とか本番を迎えました。

今年、その同じ日に浜松福祉交流センターで、12月9日に銀座ヤマハホールでリサイタルをおこないます。20年の区切りに演奏したい作品は沢山あるのですが、構成を考えると・・・⭐︎?♪?♯!

ショパン2月号《ピアニストたちはいま・・》で、今の思いをお話ししました。こだわり続けるものとこだわりを解いてよいものの区別が、自分の中で少しずつはっきりしてきているように思える今、次の20年に向かってまた新たな視野で前進していけたら、と思っています。

《円山応挙 at 根津美術館》              23.Dez,2016

今年の演奏の仕事を幸せな気持ちで締めくくって、豊川市桜ヶ丘ミュージアムで開催中の《冬の情景展》を鑑賞してきました。
豊川ゆかりの日本画家の作品を《冬の景色》をテーマに集めた展覧会、平川敏夫や大森運夫ら、この地域を代表する画家の作品に初めて出会いました。とても骨太な印象ながら、冬山の木々の一本一本の枝先に、画家の研ぎ澄まされた感性と強い思い入れを感じて、ぞくぞくするような緊張感と寒気すら感じました。
同じ冬の景色でも、先日青山の根津美術館で鑑賞した円山応挙の画風とは全く異なります。
応挙の《雪中水禽図》に見る雪の絵は、次の瞬間松の枝から雪のかたまりが重みでドサッと落ちる音や、寒そうに凍える雌を温めるように寄り添う雄の雁のサクサク雪を踏みしめる音が、聞こえたり見えたり。《雪中残柿猿図》では、二匹でじゃれあう猿が枝から枝へ飛び移る瞬間にたわむ枝から粉雪が舞う様が見えるようでした。極めて忠実に写生しながら、その緻密さは写生の瞬間に留まらず、考え抜かれた構成のもと、むしろ絵から被写体が今にも飛び出してきそうな生き生きした動きを伴っていました。あくまでも生命へのしなやかで大らかな応挙の観察眼に圧倒されました。
モーツァルトやベートーヴェンが生きていた時代に、日本でこのような自由闊達な絵が描かれていたことと、それを見事に収蔵する根津美術館とに、驚きと感動の連続でした。
この一年、コンサートにいらして下さった方々、ウェブサイトをご覧下さった方々、本当に有難うございました。お世話になりました方々にもこの場を借りて御礼申し上げます。
来年も音楽に没頭していきます。引き続き皆さまとのご縁が繋がっていきますように・・!
どうぞお元気で、よいお年をお迎えください。
 Frohe Weihnachten und ein schönes neues Jahr !! Merry Christmas and a happy new year!!

 

《愛知県立芸大創立50周年記念コンサート》    25,Nov.2016

昨年から非常勤講師を務めさせて頂いている愛知県立芸術大学は今年創立50周年。音楽学部、美術学部其々の関連イベントで、目下キャンパスが活気付いています。
11月28日(月)は、10月に引き続いて、ピアノ科の教員による記念コンサート第2弾、私はショパンの幻想ポロネーズを演奏させて頂くことになりました。
ショパン最後の大曲、作品61。この後、2つのノクターン作品62、マズルカ作品63、3つのワルツ作品64 (1曲めは仔犬のワルツ)・・・そして4つのマズルカ作品67、最後に4つのマズルカ作品68。
残された命が短いことを知った作曲家は、音楽にまだ何を求めるのでしょうか・・どんどん内省的に、深い心情を吐露するような作品を短期間で次々に書き上げます。シューベルトもまた然り。二年前にレコーディングで取り組んだ《楽興の時》でも、心の奥底にあるもの、闇の奥に見える一筋の光のような世界が拡がっているように思え、随分悩んだことを思い出します。
   
いきなりフォルテで始まる意志の強い冒頭と、続く幻想的なアルペッジオ。転調に次ぐ転調で、22小節めになって初めて、この作品の本来の調性である変イ長調でポロネーズが登場します。それでも、これまでのポロネーズのような非常に骨格の太い印象はなく、繊細な心情や時を緻密に織り上げていくかのよう。ハーモニーの拡がり方や、響きの核にも翳りが感じられるものの、ショパンは他のポロネーズと同様に、Allegro maestoso と記していて、これをどのように捉えるべきか・・20歳でワルシャワを出てから一度も祖国に戻らなかったショパンの言動には謎が多く、その人となりを探ることはとても難しいですが、「音によって思想を表現する芸術」〜《ショパンの音》佐藤允彦 新潮文庫:ショパン(遠山一行著)より〜 という、ショパンの残したこの言葉に込められた深い意味合いを少しでも掴めたら、と思います。 

《月見の里室内楽アカデミー2016》                    31.August,2016

今年で3年目を迎えた袋井市・月見の里室内楽アカデミー2016が終了しました。東京からメディア関係の方々の取材もあって、少しずつこのアカデミーの存在が知られているようでした。私は主にジュニアクラスを担当していますが、2回目、3回目とリピーターの子供たちもいて、昨年からの一年で音楽的にも大きく成長したことを感じた4日間でした。
 ヴァイオリンやチェロの音色にはどのような音で寄り添えば良いのか、それにはどのようなタッチが必要なのか・・私なりに伝えてきたことに、この一年取り組み、そして彼らの言葉としての音楽を持ってきてくれた事がとても嬉しく、子供たちに室内楽を教えることの意義と責任を、改めて強く感じました。
 また今回は、新たな試みとして、初級、中級、上級、とそれぞれに課題曲を設け、上級の課題曲にはモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを含めました。モーツァルトの作品には小さな喜びや悲しみがたくさん散りばめられていて、大人でもなかなか理想の演奏に近づくために苦労するものです。今回の受講生のなかには、コンクールでははねられてしまった技術的な少しの不安定さが、却って音との音の間の余裕を生み、自由な遊びと趣のある和声を伴ってアーティキュレーションに息吹が注がれていて、思わず考えさせられました。「音の粒が揃っていない」などの減点の要素が少なく完璧な演奏が求められる現代のピアノ・コンクールに通らないからといって、音楽する喜びをそのようなことで失って欲しくない、もっともっと音楽はふくよかなもので、正しいも正しくないもなく、天衣無縫に飛び出した音たちと遊ぶ喜びを、今後もこの室内楽アカデミーを通して伝えていけたら、、、と思います。

子供達からのお手紙を前に、来年の課題曲について早くも考え始めています。4日間頑張った夏の思い出とともに子供達の耳に残った弦楽器やフルートの響きが、またこの一年、音楽への豊かな喜びをもたらしてくれますように!

《フォーレ:ピアノ・カルテットOp.15》             23.Aug.2016

室内樂の祭典のオープニングコンサート(8月19日)では、6月に一度本番を迎えたシューマンのピアノクインテットに加えて、フォーレのピアノカルテットOp.15を演奏する機会をいただきました。この曲は20年ほど前に、伊藤亮太郎さん(Vl.)松実健太さん(Va),河野文昭さん(Vc)と共演の機会があり、その後フランスのパヴロ・カザルス音楽祭でも友人と受講した経緯がありながら、今回改めて楽譜を紐解いてみると新たな発見があり、その都度悩みながら、フランスの音色とはなんぞや、と探求の日々でした。
ドイツに留学中、友人が「フランス語はとても繊細なニュアンスの篭る言語で、羨ましい」と言っていたことも思い出し、やはり詰まる所、その国の言葉や気質、あるいは思考に沿ったものなのではないか、と至極当たり前のようですが、これを音として表現するには・・という壁にぶつかりました。フランス語にはリエゾンがあって、子音がドイツ語ほど太くて力強い発音でないので、単語同士が流れるように結びつく→一小節の内に拍ごとに起こることもあるほど、非常に頻繁な和声の変化がありながら、さり気なさが求められ・・ペダリングやタッチの探求が始まりました。まさに、印象派の絵画のように繊細に色を塗り重ねていくように。弦ならではの美しい揺らぎに比べると、ピアノはどうして一つの鍵盤に一つの音しか鳴らないのかと、悶々としていました。

また、フランス音楽に非常に頻繁に使われているのが3拍子。しかも3連符×3拍の曲が多いこと!ソロでもさることながら、これをアンサンブルで合わせるには、かなり気を遣います。なんと弾きにくいこと!拍をきちんと取らないとテンポが崩れて、途端にアンサンブルは破綻する、だからと言って一拍毎にはっきり弾くのでは、どうにもフランスらしくない・・‼︎ 20年前にそのようなことを考えたのかどうかすら忘れているので、悩むまま、求める毎日でした。
音楽の構築が立体的で、より深い精神へと追求させられるドイツ音楽と、肩の力が抜けて極めて自然な音楽であるフォーレの世界・・・ベートーヴェンやシューマンの音楽のように大きな構造物ではないけど、もしかすると、フランス音楽はメロディではなく和声を追うことで曲の構成が図れるのだろうか、と考え始めたところで、今回ご一緒させて頂いた森下幸路さん(Vl)から、田中千香士先生が生前、レッスンでまさにそのように仰っていたと伺って、漸く納得しました。ピアノの音色の新たな可能性を追求することができて有意義な夏となりました。

《室内樂の粋・・》                                     23.Aug.2016

《室内樂 夏の祭典 2016 in 浜松〜輝け!音楽の星 田村明子と仲間たち》終了致しました。

お盆休みの最終週末でしたが、アクトシティ浜松音楽工房ホールに3公演で約400名のお客様のご来場をいただきました。お暑い中を会場までお運び下さいました皆さま、有難うございました。19日は仲間たちと共に選曲したピアノカルテット、クインテット、そしてアンコールの連弾。20日は浜松在住の音楽家、子供達とのアンサンブル。アンサンブルムジークの伊藤さんの豊かなアイディアの宝庫から編まれた編成とプログラムでした。皆さま、お楽しみいただけましたでしょうか?

BプログラムとCプログラムの公演の前のゲネプロでは、最後のチェックで、子供達にも弦楽器との音量のバランスやイメージの強化など小さなアドヴァイスをしました。本番までの短い時間ですので、混乱しないよう言葉を選んだのですが、本番では、4人の子供達が見事に消化して自分の音楽に仕上げていることに驚きました。子供のやわらかい頭には大人も脱帽です。

 

音楽にはそのまま人柄が表れるもの、16日からのリハーサルでは仲間たちからもいろいろなメッセージを感じ、とても意義深い日々となりました。共演者との響きの調和もさることながら、本番でのスリリングな息のやり取りにもまた、室内楽ならではの粋な世界があります。

そんな演奏者の息遣いが間近でつぶさに感じられるヨーロッパの音楽祭のような祭典を、今後も浜松で続けていくことができたら、、と願ってやみません。

 

演奏会当日とそれまでの準備に大きなお力添えを頂きましたムジーク・スタッフの皆さま、関係者の皆さまには深い感謝の気持ちでいっぱいです。有難うございました。

 

《71年目のヒロシマの日に・・》                 06.Aug.2016

リオデジャネイロ五輪が開幕しました。と同時に、今日は広島に原爆が投下された日でもあります。世界中が注目する同じ時刻に開会式と平和記念式典が始まった事は、偶然とは言え日本人としてやはり残念な思いです。そしてまた、私の周りにまだ広島に行ったことのない人も多いことも残念です。
戦後71年、アメリカの大統領も訪れたヒロシマに、今年こそ訪れて欲しい。
「自分のことのように想像するのです」…子ども代表の《平和への誓い》にもあった言葉です。

 

 

子どもの持つ「ひたむき」な力は、大人のこころを揺さぶるものがあります。3年前から始まった袋井市開催の月見の里室内楽アカデミーでは講師の先生方とご一緒に、子ども達にソリストからの観点も交えた室内楽の楽しみを私なりに伝えていますが、ハッとするくらい真っ直ぐな瞳に、私たちの方が深く気づかされることも多々あります。今日は、19日から始まる《室内樂 夏の祭典2016 in 浜松》のために開設したFacebookページで、20日のBプログラム(14時開演)とCプログラム(18時30分開演)に出演する子供たちのことをご紹介しました。昨年のジュニアクラス受講生の演奏、どうぞ惜しみない拍手でお迎えください。

《ニッポンの夏から、フランスへ・・》       24.Juli,2016

浜松の朝は目下、クマゼミの大合唱。今年は例年に比べてやけに多い気がします。それでもここ数日、子供の頃の7月を思い出す涼しさでした。

8月のコンサートのプログラム、私には珍しく、フランスものを入れてみました。

久しぶりに取り組んでみると、作品から想像される景色や作曲家の思いに、若い頃感じたことのなかったものが見えてくる気がしています。音楽は、やはり人生と切り離せないものなのだと実感しています。

 

颯爽と麦畑を駆け抜ける風、それぞれの思いを静かに受け止めるかのように大地に沈み込む夕陽、様々な矛盾を孕んだ不動の大気・・ミレーやゴッホ、マネらフランス絵画の世界を彷彿とさせる、多彩で繊細な世界です。ドイツ音楽が心情を深く追求するのに対して、フランス音楽は景色が想像しやすく、音楽の動きかたや止まり方にも風が感じられて、ドイツものとはまた違う躍動感があるように思います。フランスには住んだことはありませんが、なんとなく日本人には感覚的な共感を得やすいような気もします。疲れて汗ばんだ肌を風が優しく撫でた時、ふとフォーレの和声が聞こえてきました。蒸し暑いニッポンだからこそ、かの地への憧憬も強くなるのでしょうか。

《室内樂 夏の祭典 田村明子と仲間たち》      14.Juli,2016

梅雨らしい日々が少ないまま、今年も暑い暑い夏がやってきました。

浜松ではこの夏、《室内樂 夏の祭典 2016》が開催されます。今年度上半期の浜松市文化振興財団の文化サポート事業として、同財団からも助成を頂けることになりました。
 まず、19日(金)18時半開演のオープニングコンサートでは、桐朋の後輩で浜松出身のピアニスト、宮本いずみさんのピアノで、モーツァルトのピアノ四重奏曲ハ短調、そして私のピアノで、毎年《月見の里室内楽アカデミー》でも講師としてご一緒している、G.ハルトマン、森下幸路、Rケラー、櫻井健、の各氏とフォーレのピアノ四重奏曲op.15、シューマンのピアノ五重奏曲、という盛り沢山のプログラム。
 翌20日は14時、18時半、開演の二部構成。浜松にゆかりのある音楽家、月見の里室内楽アカデミージュニアクラス受講の子供達との共演で、おなじみの名曲をお楽しみ頂きます。

子供たちと演奏家達の共演はアカデミーでも毎年、そのひたむきな姿勢で大人の私たちに、大きな大きな感動を与えてくれます。是非、多くの方々に聴いていただけたら嬉しいです。プログラム詳細は、Facebookページで(Facebookをされていない方も)ご覧いただけます。

https://www.facebook.com/室内楽-夏の祭典-2016-in-浜松-田村明子と仲間たち-246468719054825/

 

《ピアノとの一期一会》              14.Juni,2016

掛川市でのQuartettoリベルタの皆さんとの室内楽コンサートが終了しました。

当日はいつものお客様のほかに、遠く埼玉県熊谷市からもいらして下さったと聞きました。
予定外のことで、Bösendorfer(ベーゼンドルファー)の2台のピアノを弾かせて頂くこととなりました 。モーツァルトのピアノ・トリオでは、Model 225のタイトで透明感のある音色を愉しみ、後半のシューマンをバックハウス版インペリアルで。 Bösendorfer社が、巨匠ヴィルヘルム・バックハウスの要望に応えて製作した、初めてのModel 280(インペリアル)だそうで、少し動かすとギシギシ・・とまるで関節がきしむような古いピアノでしたが、懐の深さと豊かさを感じました。歳月を経て渋さと静けさを湛えた響きが《こどもの情景》の世界にまた新たな色彩を与えてくれ、《ピアノ五重奏曲Op.44》では、力強い低音に支えられて温かみと輝きを放ち始めました。
ピアニストは、他の楽器奏者と違って自分の楽器で本番を迎えることが出来ない代わりに、人々の思いが深く込められた楽器との一期一会の出会いが楽しみでもあります。音作りに深く携わる、設計、製作、調律・・様々な人の手を経て、その日、本番を迎えるピアノから可能な限り美しく豊かな歌を引き出して会場のお客様にお届けする・・ピアニストの使命でもあり、他の楽器にない醍醐味でもあります。
 今週末は18日(土) 16時頃より、浜松でのゲスト演奏。ヴァイオリンの中村友希乃さん(東京芸大3年在学中、2016年よりヤマハ音楽支援奨学生)との50分間のデュオコンサートで、シューマン:こどもの情景、ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番ほかを演奏します。これからの活躍が楽しみな友希乃さんの演奏、お近くの方にはぜひ聴いて頂きたいです。

《シューマン:こどもの情景 Op.15》                    05.Juni,2016

6月11日のかねもクラシックコンサート。後半はシューマンの作品を並べました。ピアノ五重奏曲 Op.44 の前に、私のソロで《こどもの情景》を挟みます。

音楽之友社から出ているウィーン原典版。ヨアヒム・ドラハイム氏の注釈のなかで、シューマンがこの作品に関してクララに宛てた手紙の一部が、藤本一子さんの翻訳によって紹介されています。  
〜1838年3月17日、シューマンはライプツィヒから許婚者クラーラ・ヴィークに手紙を書く。ちょうどかの女がピアノのヴィルトゥオーソとしてウィーンで圧倒的な成功を祝していたときだった。「それから忘れてはいけないことがあります。ぼくがいま作曲しているもののことです。ーーそれはいつかのきみの言葉の余韻のようなのです。きみはこう書いてきたね。『わたしはときどきまるで子供のようにみえるでしょうね。」ーーつまりこの言葉で、ぼくはちゃんと広袖の子供服を着ている気分になった。そこで30ほどの愛らしい小品を書き、そのうち12曲ほどを選んで《こどもの情景》と名付けました。ーーここには題がついていて《こわがらせ》ー《炉端で》ー《鬼ごっこ》ー《おねだり》ー《木馬の騎士》ー《見知らぬ国々》ー《珍しいお話》など、あとはわからない!つまり人はすべてを見るけれど、途端にはかなく泡となって消えるのです・・・〜
 
思えば幼い子供の頃・・・木の葉が風に舞うのも楽しくて追いかけたり、秘密の洞穴にドキドキしながら大事なものを隠したり、お昼寝から覚めてみたら辺りが暗くなっていて無性に寂しくなったり、母に怒られて泣きながらいつの間にか寝入っていたり・・・
生活の中の小さな出来事に一喜一憂する子供の心情の奥底には、無邪気さと背中合わせに、未知の世界への不安や、大切なものが次の瞬間には消えてしまうんじゃないかという恐れのようなものがあったように思います。大人になって様々な経験を経ていつの間にか鈍くなっている《恐れ》・・人生の矛盾も知ってしまった大人には最早見えないものが子供には見え、聞こえない音が聞こえるのです。この曲には、大人から見た懐かしいセピア色の思い出ではなく、シューマンの純粋な目線から今まさに見える、色とりどりの《こどもの心情の世界》が描かれているように思えます。
 こんな作品を捧げられては、母性本能をくすぐられたクララがロベルトを思う愛おしさも一層深まったに違いありません。

 

《かねもクラシックコンサートwith Bösendorfer 》04.June,16

6月11日(土)の掛川市の老舗茶店かねもでのクラシックコンサートもいよいよ来週末となりました。これまで何度かソロでの出演の機会をいただいていますが、今回はカルテットリベルタとの初共演で、モーツァルト:ピアノ・トリオとシューマン:ピアノ五重奏曲を演奏致します。
ヨーロッパのサロンのような優雅な雰囲気の空間に置かれた、バックハウスの使用したというベーゼンドルファーのピアノ。ベーゼンドルファー・ジャパンのウェブサイトでもトピックスとしてご紹介頂いています。
前日のリハーサルを楽しみにしつつ、準備を進めています。

《Der Weg...道》東京公演                25.April,2016

 一昨日、銀座・YAMAHAホールでの東京公演を終えました。

私が今回のリサイタルに込めた《作曲家が繋いできた音楽への熱い思い》を伝えるDer Weg…道が、いつしか、当日までに様々な形で関わってくださった方々、会場に居合わせてくださった皆さまのいろいろな思い入れを伝えてくれる道ともなったように思え、大変思い出に残る演奏会となりました。

神秘性、幻想性、深くて、あたたかくて、懐が大きくて・・・ピアノをやっていて良かったとこんなに深く思えるのは、私にとっては、やはりドイツ音楽です。

ベートーヴェン、シューマン、ブラームス・・・見えたかと思えば躓き、聴こえたかと思えばまた消え失せ・・その道のりは決して優しくはありませんが、まだしばらくは本道をここに置き、次の演奏会に向けてまた一歩一歩、歩いてみようと思います。

関係者の皆さま、ご来聴頂きました全ての皆さまに、深い感謝の気持ちでいっぱいです。

有難うございました。

《クラシックニュース》のインタビュー           12.April,2016

 

浜松でのリサイタルの翌日、《クラシックニュース》からのインタビューが、東京・上野でありました。

今回のリサイタルのタイトルが《Der Weg...道》になった経緯や、プログラミングの背景などお話ししました。

早速、You Tube にアップロードされましたので、是非ご覧ください。

 

浜松公演を終えて・・                          11.April,2016

 

昨日、浜松公演を終えました。

浜松在住10年を迎え、2009年から始まった浜松での自主リサイタルも今年で4回目。

回を追うごとに少しずつ少しずつ、新しいお客様にもお運び頂けるのが、とても嬉しいです。

舞台の上で新たに発想して試みたり、冷や汗かいたり・・・

全ては会場へお運び下さるお客様のお耳があってこその結果。

これまでの孤独な準備と探求で積み重ねたものに舞台上でまた新たな生命が宿って、音楽というものは熟成されていくのだなあ、と改めてお客様の存在の大切さ、有難さを身にしみて感じています。

23日の東京公演まで、また新たな気持ちで楽譜を見直してみようと思います。

《ブラームス:4つのピアノ小品 Op.119 》          03.April, 2016

ハンブルグ生まれのヨハネス・ブラームス(1833-1897)。

初期のピアノソナタに見られる華やかな技巧を駆使した力強く激情的な作品が、北ドイツ出身者特有のはにかみ屋でシャイな、この青年によって書かれたとは、シューマン夫妻も出会った当初は想像もしなかったのではないのでしょうか?ロベルト・シューマンは、ブラームスの中に、自分に似たものも感じつつ、秘められた意志の強さを愛したのでしょう。若きブラームスのこの横顔のスケッチをいつも懐に持ち歩いていたと言います。

しかしこのブラームスの極端に引っ込み思案で気難しい性格は、後々もブラームスの周りの友人たちを戸惑わすことがあったようで、なかなか真には打ち解けようとしない彼に対して、あのクララ・シューマンでさえも「これほど長く親しい間柄なのに・・」と悲しませることがあったようです。
作品116から119までの晩年のピアノ小品集は、親しい友人を次々に亡くし年齢的な衰えも感じ始めた(といってもまだ50代後半ですが)ブラームスが、「霊感も尽き果てた今は一音たりとも書くべきではない」と言って遺書(もどき)まで書いたところで、ミュールフェルトという素晴らしいクラリネット奏者との出会いがあり、彼のために曲を書くことで創作意欲が再び沸き、生まれた、ピアノのための最後の作品群です。
そしてまたしてもこの頃、持ち前の性格にさらに加齢とともに頑固さも加わったのか、クララとの意思疎通を十分に計れないままシューマンの作品を出版したことで、彼女との信頼関係が大きく揺らいでいました。その後ブラームスがこの美しい作品119をクララに贈り、クララもとても気に入ったことで、再び二人の心が通じるようになったといいます。(以上、三宅幸夫著《ブラームス》、《ブラームス回想録集》音楽之友社、Brahms Museum in Hamburg より)
ファ♯レシソミ、ラソミド♯ラファ♯レ、と柔らかな下降線を辿ってはまた漸く這い上がるような第1曲のインテルメッツォの冒頭・・ブラームスの孤独な心情やクララに対する深い思いやりを表すようで、頑なだったクララの心が解けたのが頷けます。続く第2と第3のインテルメッツォも静かに昔日を思い出すかのよう。4曲目だけ作曲年代が違うものの、決然としたドイツ魂と非常に内省的で孤独感も混在する作風で、ブラームスがこの曲をピアノ作品の最後として締めくくった心の内を見ることができるようです。

《ベルク:ピアノ・ソナタOp.1》                             24.März,2016

アルバン・ベルク(1885-1935)は、ウィーン市内の宗教関連の仕事を営む家に生まれました。祖先には男爵の称号を与えられた者もあるほど裕福な上流家庭で、膨大な蔵書に囲まれて相当な量の読書を積み、ウィーン市内の美術館にも足繁く通ったベルクは、幼少の頃から芸術領域に関して、はっきりした好みを持っていたそうです。独学でたくさん作曲した歌曲の一部を、兄がシェーンベルクに送り、その才能を見込んでシェーンベルクはベルクを無償で生徒に取ることを決めました。(1904〜1910)

作品1となるピアノソナタは1907年〜1908年に作曲、当初単一楽章に書くつもりはなかったのに、どうしてもその後が思い浮かばないというベルクに対して、シェーンベルクが「それならもう、一楽章で全て言うべき事を言い尽くしたのでしょう」と言ったことで、1910年に出版されることになったというものです。シェーンベルクは決して自分の作風を生徒に押し付けるようなことはせず、極めて伝統的な授業で基本的な理論(和声と対位法)と作曲法(フーガ形式とソナタ形式)を教え、バッハからブラームスまでの作品を一緒に分析してみるというもので、生徒の個性を見つけ出すことに力を尽くしたそうです。(以上、フォルカー・シェルリース著 《アルバン・ベルク》より)
 このソナタも厳格なソナタ形式で書かれていて、バッハを想わせる和声構造で成り立っていますが、歌曲を多く研究し作曲したベルクらしく、その形式からはみ出すかのように歌が溢れています。半音も多く使われてるので非常に神秘的で、和声の響きも、その時代に一世風靡したユーゲントシュティルの印象そのままの、退廃的だけど甘美なエレガンスがあります。ゴシック時代の教会に響くバッハのカンタータや、緻密な建造物を想わせるベートーヴェンが、いずれも一から積み上げていく音楽だとすると、ベルクの音楽は積み上げつつ崩し、また積み上げては崩し、というような印象を私は持っています。シューマンやブラームスらのロマン派を経て、さらに感情の起伏に応じるように、線で言うと湾曲を帯びて細かったり太かったりする(ベルクの眉も細いですが・・)妙に艶かしいものも感じます。
この楽譜の表紙はベルク自身によって、ユーゲントシュティル風に書かれました。

ぶらあぼ4月号に掲載されました               24.März.2016

 

 

 

ぶらあぼ4月号《4月の注目公演》に、リサイタルの記事が掲載されました。

副題をDer Weg....道、としたことについて、

「前略〜ベートーヴェンの7番とベルク、2つのソナタにブラームス作品119、シューマン交響的練習曲(遺作付き)というプロに、音楽史上の道程と彼女自身が歩んできた演奏家人生が交錯する。」

・・・確かにその思いもありますが、でも音楽家として以前に、人としての生き方がそのまま、音楽に反映される年齢になりつつあるのかなと思うこの頃です。

肩の力を抜いて、そのままそのまま、舞台に立てるよう、引き続き探求したいと思います。

コクのある音・・                       15.Maerz,2016

ここ数週間、よく新幹線に乗って移動しています。デジタルの時代に生きている私たち、いつでもどこへでもコンピューターで好きな時に旅の予約をし、車内では美味しいお弁当を食べ、好きな音楽を聴き・・
かの作曲たちもたくさんの旅をしました。しかし、飛行機も新幹線もない時代、ベートーヴェンは乗り合い馬車でガタゴトガタゴト・・ブラームスの頃には既に鉄道が敷かれていたとはいえ、各駅停車の汽車にガタンゴトン、と長時間揺られての移動。とても疲れたでしょうし、途中で乗り込んでくる人々との会話や思いやりがあったかもしれません。
そんなふうにゆっくり時間をかけた長旅の途上で生まれた音楽なのです。超特急やジェット機であっという間に移動し、車内ではスマホを持ちイヤホンを耳にしたが最後、外との交わりを断ち切って自分の世界に入り込む現代人には見えない景色、聞こえない音、感じられない気配や人々の思いがあった筈です。
例えばシューベルト。彼は個人レッスンの依頼を受けて通ったある貴族の館で、生徒となった令嬢にいつしか恋心を抱きます。身分違いの決して叶わない恋。その秘めた思いを打ち明ける代わりに連弾曲を作曲しました。二人並んでピアノに向かい、手が触れるか触れないかの至近距離、お互いの息遣いも聞こえてきそうな距離に近づけたことで、彼はもう胸がいっぱいになったと言います。なんという純な心でしょうか。そしてそこでなんと繊細で優しい時間が流れたのでしょうか。
それらを表現するためには、楽譜に書かれてある通りに弾くだけではダメで、音符が意志を持った音となって楽譜から飛び出していくまで、演奏家は何度も何度も弾き込まなくてはなりません。私が桐朋学園大学の1年から卒業までお教えを受けた故・田中希代子先生がよく口にされたのが「コクのある音」という言葉でした。コクが出てくるまでには、とてもとても長い時間がかかるのです。

《ベートーヴェン:ピアノソナタ第7番 Op.10-3》01.Maerz, 16

 

ベートーヴェンの32曲のソナタが生まれた背景には、当時の楽器(ピアノ)の開発との関連が切り離せません。ピアニストとしても大活躍だったベートーヴェンの元には様々なピアノの会社から楽器が貸与され、評価依頼が多く寄せられました。ピアノが音量や表現の幅を広げ楽器として進化していった過程で、ベートーヴェン自身も、様々な模索や試行錯誤を繰り返しながら全32曲のピアノソナタを完成させていきました。後期のソナタなどは、現代のピアノでもまだ表現しきれないものがあると思うほど、彼の世界観の大きさには神々しささえ感じます。
この第7番は、初期のソナタの特徴でもある、非常に繊細で鮮やかな色彩感と音楽の歓びに溢れた作品で、ベートーヴェンも溜息を吐くくらい有名になった《悲愴》ソナタの一つ前、全4楽章の大きなソナタです。ピアニスティックな華やかさが全面に溢れていて、私も若い頃はこの一面にまず惹かれてきましたが、そこをもう一歩踏み込んでいくと、その奥に、とても自由な発想の世界が、管弦楽のようなスケールの大きな構成に基づいて展開されていて、弾きこんでいくごとにどんどん魅力を感じています。速いテンポ感で、主題と動機を声部のあちこちで展開させながら、ぐいぐいと惹きつけていく第一楽章に続いて、第二楽章には冒頭にベートーヴェン自身の手によりLargo e mesto(ラルゴ、悲哀に満ちて)と記されています。演奏時間が9分近くもあり、初期のソナタの中では第3番と共に最も長い第二楽章ですが、ただただ哀しみにくれるばかりではなく、その合間には人間的な温かみや決意のようなものも盛り込まれていて、まるでその後のベートーヴェンの運命的な人生を予感させるようです。そして私の大好きな第三楽章。雨上がりの夜明け、静寂の霧の中に新しい生命が少しずつ宿るようなナイーブな音の世界で、否が応でも第4楽章への期待感が膨らみます。あのメドゥーサのような髪を振り乱した肖像画のせいで、ベートーヴェンというといかにも気難しくて哲学的で近づきにくい印象を持たれてしまいがちですが、実はとてもウィットに富んでいて冗談の好きなおじさんだったとか。この楽章にはそんなベートーヴェンの側面が現れているようで、本当に愉しい楽章です。
ベートーヴェンの考え抜かれた構成の中に、知性と精神と人間臭さが入り混じった素晴らしいソナタなのです。

《シューマン:交響的練習曲Op.13  その2》   20.Februar 2016

 

ジャン・パウルや E・T・A ホフマンに傾倒する文学青年でもあったシューマンは、自分の中に、フロレスタン(明るく朗らかで、ポジティブな面)とオイゼビウス(非常にナイーブで瞑想的な面)という二人の人格があるとして、作品の中に頻繁に偲びこませています。 もっともわかりやすい作品には、謝肉祭Op.9や幻想小曲集Op.12 などが挙げられるでしょうか。フロレスタン風に見えて実はオイゼビウスではないかと想わせる曲もあり、人間の心は常に表裏一体なのだと思わせられます。この天真爛漫なくらいの感情の吐露はシューマン特有のものですが、交響的練習曲では比較的抑えられていて、ここに敢えて《練習曲》としたシューマンの意図があるように思います。抑圧されたものが一気に噴き出るような凄まじいエネルギーが生まれていて、交響的という名前がぴったりな、ピアノという楽器の響きを超えるようなスケールの大きな作品に仕上がっています。そしてこの交響的練習曲に影響を受けて、1841年作曲のメンデルスゾーンの《厳格な変奏曲》が生まれたのではないかと、私は密かに思っています。
同じ年に書いたという《謝肉祭》が物語のように情景を映しているのと比べて、交響的練習曲は情景よりも心情を表していて、まるっきり違う世界。エルネスティーネとの恋の破局が、どんな心情の変化をもたらしたのだろうと、その時にワープしたい気持ちにさせられます。

リサイタル プログラム ”Der Weg…道”                    《シューマン:交響的練習曲Op.13  その1》   13.Februar 2016

クララとの熱愛の前、24歳頃のシューマンが婚約までしていた恋人エルネスティーネ。その父であるフォン・フリッケン大尉はアマチュアながら作曲もする音楽愛好家で、彼の書いたフルートの曲を主題としてシューマンがピアノ用に12の変奏曲を加えて仕立て直したのがこの作品。もしかすると、フリッケン大尉に二人の仲を認めて欲しいというシューマンの願望も当時は込められていたのかもしれませんが、その後、この婚約は解消されます。同じ頃、謝肉祭Op.9も書かれています。
私のこの曲との出会いは、ドイツ留学中の26歳の時。師であるグレムザー先生のリサイタルで拝聴してとても惹かれ、夢中になって譜読みし暗譜をして、6週間後の学内演奏会 PODIUM で演奏しました。
スタッカートでの連続アルペッジオや両手でオクターブの掴みにくい和音が続いたり、付点のリズムに乗って和音が左右交互に続いたりと、テクニック的にもとても難しいのですが、若気の至りであまり苦労しないまま弾けるようになり、そのすぐ後にケルン近郊で受けたマスタークラスでは、ピアニストで講師の オレグ・マイセンベルグ先生に「どうやったら、そんなに完璧に弾けるんだい?」と褒めて頂いて聴衆の拍手喝采を受けてちょっとイイ気になり、その後何度か演奏会で取り上げました。でも、まだまだ音楽的な深みや面白さを感じ切れなくて、あまり精神的な満足感を得られていなかったようで、これはやはり若いからこその浅さと愚かさゆえだったのだと思います。この曲は1837年に初版が出版された後も何度も手が加えられていて、1852年にシューマン自身の変更が加えられた第2版、そしてシューマンの死後、クララとブラームスによってさらに二回見直され、1861年に第3版、そして1873年の全集で、遺作と呼ばれる5曲の変奏曲が加えられました。
本編の複雑に絡んだ厚みのある響きに比べるとシンプルで非常にintimateな魅力があり、さながら心のオアシスのようです。これを含めて演奏し始めてから、私も少しずつ、この曲の多彩さ、豊かさに気づき始めたように思います。

俳句とクラシック音楽の共通項・・?          01.Februar 2016

 
昨日、俳句誌《木の中》創刊15周年記念大会で、ゲスト演奏を終えました。一体どのような方々が集まってこられるのだろうと、貧困な想像の末の選曲でしたが、木の中主宰の折井紀衣先生から、ピアノのことはよく知らないのに、心はわかるんですね、という涙交じりのお言葉をいただいて、ようやく肩の荷が下りました。
大阪から来賓として駆けつけてこられた俳人の川口真理先生ともテーブルをご一緒し、考え抜かれた言葉の奥に、鋭くも深くも感性を刺激される豊かな時間を共有させて頂きました。
たくさんの思いを五七五のたった17字で紡ぐ俳句も30分の長大なソナタも、些細なことを掬い上げて息吹を注ぐ、そして大きく躍動させる、ということにおいて、共通の静と動の世界を分かち合えた気がしました。

2016年の始まりに・・         23.Januar 2016

今年の初コンサートは、ある会でのゲスト演奏。会の趣旨に添えるよう詩や情景をイメージしやすい曲を組みました。

 

《プログラム》シューマン:《子供の情景》より 見知らぬ国々

              リスト:《巡礼の年〜イタリア》より ペトラルカのソネット第104

              ショパン:ノクターン 第5番

              ショパン:ポロネーズ 第6番 《英雄》

 

文学青年だったシューマンの描く《子供の情景》は、子供らしい心象風景や行動が織り込まれた13の小品から成り、その一つ一つを抱きしめたいくらいの美しい曲集です。

 ペトラルカは14世紀に生きたイタリアの詩人で、リストがインスピレーションを受けて作曲し、《巡礼の年〜イタリア》の中に含めました。ラファエロの名画《婚礼》に始まり《ダンテ》で終わるという、イタリアの絵画や文学作品から着想した全7曲の曲集です。ともすると生き方の華やかさばかりが目立つリストですが、その人生の晩年に描いた作品には、内省的で心の襞に沁み入るような作品が多く、とても惹かれます。と同時に、男性的な渋みや深さは、どうやっても享受出来るものでもなく、女性に生まれたことが悔やまれる瞬間でもあります。

 文学との関わりを大っぴらにしたシューマンやリストに対して、ショパンはやや冷ややかな見方でした。故郷ポーランドの詩人アダム・ミッキエヴィッチの詩を基にしたと言われる4曲のバラードでさえも、直接関連付けたわけではない、としています。ここにも、ショパンのニヒリズムが見えるようです。

 現代の大きなホールで響き渡るピアノでの演奏と比べると、ショパンの愛したプレイエル、リストが好んだベーゼンドルファーでの演奏は、当時の人々の心にどのように響いたのでしょうか。 そんなことを思い浮かべると、ペトラルカの愛の詩も、もう少し静かに噛み締められそうな気がします。

      

〜フランチェスコペトラルカ(1304-74ソネット 第104番〜

             

     平和を見出せず さりとてにもならず

             畏れ、待ち望み 燃えては凍りつき

             空高く飛ぶかと思えば 地上で凍てつく

             何も持たず 世界を抱擁する

 

             私を牢獄に入れ 解放もしなければ閉じめもしない

             妨げもせず を解くでもなく

     自分のものだとも言わず 自由にもせず

             生かしておこうともせず 枷をはずしてもくれない

 

             目がないのに見ようとし 口がないのに叫ぼうとする

             死を望みながら 命乞いをし

             自分を憎みながら 他人を愛している

 

             苦しみを糧として 泣きながら笑う

             死も生も同じように疎ましい

             私をこのようにしたのはマダム、 貴女なのです